恋を語る歌人になれなくて

2016,5月 LINEで送信したメッセージを「それは短歌だよ」と教えてもらったことをきっかけに、短歌な世界に引き込まれて行く。おそーるおそーるな一歩一歩の記録。

角川短歌11月号に3首載ってた

角川短歌は買ってきてあったのに、なんと、完全に見逃してました。なんとのんきな、はは。。。


題詠「恋」をうたうで1首

きっともう好きになってる 霧雨に傘もさせずに爪先みてる

角川歌壇の佳作

王子様なんてどこにもいないんだ 今日も閉店まで勤めます

ヴィックスの青いドロップなめている時だけ黒い魔法がとける

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短歌を続けていたら、自分のうたがどん底に下手で情けなく思えるときがある。下品で通俗的ガサツで美的でない。泣けてくる。

そんな時に数ヵ月前の自分から届けられたうたが雑誌に載って、好評価な言葉をたった一言いただけると、とてもうれしい。でも数ヵ月前の自分よりも今、ちゃんと強くなってるか不安にもなる。

読書エッセイが載ったことはあるけど、短歌で雑誌に載るのは初体験。
やっぱり、短歌、わたしにむいている、かも。


【今日のうた】

食べ終えしリンゴの種を埋める時病みて死にたる教師を思う

 森垣岳『遺伝子の舟』

『遺伝子の舟』という歌集は農業高校の先生のつくるうたということで理系っぽいだろうかと身構えましたが、すぅっと浸透しやすいうたが多かったです。
わたしは趣味の園芸の一環として、食べた野菜や果物の種を埋めるのが好きなんですが、そこに発芽する楽しみを見出だしてました。このうたの人は病気で死んだ教師を思うというのです。その教師が病床でリンゴを食べていたのを思い出したということでしょうか、あるいは、農業高校でリンゴ栽培に携わっていた教師を思い出したということでしょうか。のんきに種まきをしていたわたしに、「あっ」と衝撃を与える一首でした。(感想: 森緑)