恋を語る歌人になれなくて

2016,5月 LINEで送信したメッセージを「それは短歌だよ」と教えてもらったことをきっかけに、短歌な世界に引き込まれて行く。おそーるおそーるな一歩一歩の記録。

『オワーズから始まった。』を読みました(前編)

 

 

白井健康さんの『オワーズから始まった。』という歌集を読みました。

 

とても心動かされる一冊だったので、ブログにまとめよう!と思いながら、内容が一辺倒でなく多面的に濃密であるがゆえに、なかなか取りかかれずにいました。

 

白井さんは、獣医さんで、口蹄疫対策のため派遣され家畜の殺処分をおこなうという体験をされています。本書のⅠ部では、日頃は動物を生かすお仕事をされている方なのに、動物をたくさん、たくさん、殺していかねばならない非情なる現実が、あふれだすように詠まれています。また、タイトルにあるオワーズとは、O型口蹄疫が世界で最初に発見されたフランスのオワーズ地方のことだそうです。

 

引用してみます。

 

2%セラクタールを投与後に母子の果実を落としてしまう

 

倒れゆく背中背中の雨粒が蒸気に変わる たましいひとつ

 

たくさんのいのちを消毒したあとの黙禱さえも消毒される

 

三百頭のけもののにおいが溶けだして雨は静かに南瓜を洗う

 

わたしが言いたいことは「おすすめだから読んでみてほしい」の一言につきるのでした。これは間違いない!

 

その代り、白井さんが当時所属されていた「好日」に投稿されたエッセイを読ませていただいたのですが、わたしだけが恩恵にあずかるのはもったいないと思うので、白井さんに許可をいただいて転載することにしました。

 

 

(風韻) 

たましいひとつ     白井健康

六月二十六日から六月三十日までの五日間、宮崎県からの要請を受け、派遣獣医師として口蹄疫防疫作業にあたった。

四月二十日、都農町の繁殖牛農家で発生した口蹄疫は診断の遅れや防疫資材・人員の不足、殺処分の遅れなどから感染が周辺市町へと急速に拡大していった。

五月一日、県は自衛隊への災害派遣を要請。しかし六月十八日までの約二ヶ月間で五市六町の二百九十一戸、約十九万九千頭の牛や豚などの偶蹄類家畜に被害が拡大した。

二十五日、宮崎県庁に到着した私は、木城町都農町での口蹄疫ワクチンを接種した家畜の殺処分を指示された。

二十六・二十七日は経済連肉用牛農場の繁殖和牛六百三十頭の殺処分を派遣獣医師二十一名で行った。梅雨特有のゲリラ豪雨が降り頻るなか、白い防護服を着用しての作業は蒸し暑さのため閉口した。

二十八・二十九日は安愚楽児湯農場の繁殖和牛八百頭について派遣獣医師約二十名で行った。二十八日、木城町真夏日となり暑さのため作業は大幅に遅れたが、翌二十九日は曇り時々雨のなか、体感的にも涼しく感じられ、前日の遅れを取り戻し両日で八百頭の殺処分を終了した。

三十日は都農町藤見埋却場での殺処分作業となった。あらかじめ家畜埋却用の穴が掘られてあり、ここまで牛を運んで殺し、穴へと放り込んで埋めるのである。

次々にトラックで牛が運ばれ、同時に農家の「こころ」も運ばれてきた。それは花束であったり御札やお酒などであり、一時繋留所に飾られた。家族同様に飼育されてきた牛は、ワクチン接種に同意した時点で殺処分宣告を受けたのである。しかも彼らは未感染の健康な家畜なのである。

畜産農家のやりきれない気持ちは容易に察することができた。

やがて、私のところへ四頭の和牛が運ばれてきた。毛艶もよく、農家を出る前に念入りに全身をブラッシングしてもらったのだろう。首には手作りのお守りが架けられていた。 

それを見た私は胸が震えるのを抑えることができなかった。かわいがられていたであろうことは容易に想像された。

雨の降り頻るなか、私は左親指で左側頚静脈を圧迫し、ゆっくりと注射針を血管内に刺し入れ、勢いよく薬液を注入した。数秒の後、一気に地面に倒れこみ、数回の痙攣を繰り返し静かに息をひき取った。同様にして残り三頭も次々に静脈内に薬物を注射した。まだ温かな体温が残るからだに、水無月晦日の雨粒が水蒸気となって立ち昇っていった。

「正しかったのだ」。心のなかで反芻したが涙が止まらなかった。見上げた空が歪んで見えた。

一日の作業を終え、全員で黙祷を行い、防護服の上から隅々まで消毒液を噴霧された。黙祷までもが消毒液で消されてしまうような錯覚を覚えた。

 

また暑き夏の日はくる埋却地に一面のみどりたましいの色

 

 六月三十日、宮崎県は殺処分対象だった約二十七万六千頭の家畜の処分を終了した。

 七月一日、夢のような五日間の作業を終え、私は宮崎空港を飛び立った。私にとって忘れることのできない宮崎となった。

 

白井さん、貴重なエッセイをありがとうございました。

白井さんは歌人というより詩人と呼ぶのがふさわしく思えるような方です。あらゆる人に読んでほしいな、って思います。

 

そして、わたしとしましては、、、、大変申し上げにくい事実なのですが、、、上記のⅠ部より後半のほうが大好きなのであります!!独特の大人の詩的ワールドが広がっていて、どきどきソワソワくらくらとときめきながら一首ごと読み返し読み返ししながら味わって読み進めました。

 

そちらについて、明日以降、『オワーズから始まった。』を読みました(後編)としてみっちり書かせていただきまっす!!

 

白井健康『オワーズから始まった。』

https://www.amazon.co.jp/dp/4863852606/