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恋を語る歌人になれなくてブログ

2016,5月 恋の自作短歌をLINEで誤送信してしまったことをきっかけに、短歌な世界に引き込まれて行く。おそーるおそーるな一歩一歩の記録。

雑誌に載ってみて思ったこと

『短歌研究1月号』詠草に載せてもらって、最初はうれしいよりびっくりしたのですが、よくよく考えてみると、色んな人の目にふれるということなのでちょっとこわくなってきました。

「あんな剥き出しの感情をブチまけたような短歌は美しくない」とおもう人もいるでしょう。誰よりわたしがそう思います。もっと良い言い様があったかも知れないし、今のような素の感情のまま切り出してきた詠い方ではだめなのかも知れない。

「こんな下手な短歌が選ばれるなんて!」と憤慨する人も凄くたくさんいるでしょう。それはちょっと怖い。わたし自身、短歌をはじめた時は短歌で競うことになるとは考えてなかったので戸惑っています。

でもわたしみたいな初心者のへんな短歌も漏らさずちゃんと読んでもらえてることはすごいことだなぁと思います。短歌の世界には詠草を送る人と選者の間の信頼関係がきちんと成り立ってるということなのかな、と思います。プロの超凄い歌人とはじめたての初心者が投稿でつながってるとか、作家とファンがとても近いのがマジですばらしいといつも感激してしまいます。


あと、よく考えず、子宮とか卵巣とか詠んだことで、作者の性別をわざわざ明らかにしてしまったんだなあ、、、と誌面に載ってから気付きました。
わりとどっちの性別にも取られがちな名前なのですが、短歌の「私性」の話ではないですけど、自分にひきつけて詠むとこういうこともあるんだなあ、と思いました。いや、考えが浅かっただけですね。はは。


雑誌に載ることは驚きとどきどきがあるし、中日新聞に載ると憧れの小島ゆかりさんに読んでもらえたーって喜びがあるのだけど、やっぱり今回ちょっと怖くなったので、大風呂敷ひろげないように自分にみあったペースで続けようと思いました。

そのためにも、何でもかんでも葉書や応募券が巻末についてるからとかいうだけで数打ちゃ当たる的に投稿しないで、誰に読んでほしいとか、ちゃんと考えていこうと思います。たとえば、読みたいと思ってくれる人に読んでもらえるネットプリントとかフリーペーパーとか、そういうの、いつかチャレンジしてみたいです。

そして棚上げにしてる(つもりだった)「どこの結社が自分にしっくりなのか問題(ババン!!!)」にも、年が明けたら向き合いたいと思っています。
(結社の特集をしていたという『歌壇6月号』の古本が年明けにしか届かないのです)


【今日のうた】

羽田発2時50分見下ろせばアイスクリームのような富士山

 俵万智『短歌1月号』