読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

恋を語る歌人になれなくてブログ

2016,5月 恋の自作短歌をLINEで誤送信してしまったことをきっかけに、短歌な世界に引き込まれて行く。おそーるおそーるな一歩一歩の記録。

歌友との時間は

今週平日に名古屋でランチ会があったり、週末に三重県歌人クラブの歌会があったり、先週も伊勢歌話会があったり、あっ、来週は未來の関西批評会があるし、今月はめずらしく短歌なあつまりにたくさん参加できてうれしいです。


歌の友とは、年齢だとか性別だとかいろんなことを飛び越えて、すぐ心をひらいて話せるのは、本当に不思議。わたしは人見知りだし、一匹狼タイプで人を寄せ付けないところがあるのは自覚しているけど、歌の友とはそんな自分のことは忘れて、打ち解けられる。

なんでもないお茶したりするのが、とても大切で貴重な時間。歌の話だけじゃなくて、漫画の話もするし、怪談もする。ネットも便利だけど、わたしにはときどき会える歌友が必要なんだとおもう。

おとなになって友達ができる、それだけでも短歌は凄いのでは...とおもう。生きてるうちは、短歌、つづけていたいなあ。


その...できることなら.........歌を詠む恋人ができて、いつか歌詠み夫婦になれる日が来たら、そんな幸せなことはないだろうなあ~~って憧れる......。



【今日のうた】

見える傷、見えない傷に手のひらをあてられながら見る窓の雨

 田丸まひる『ピース降る』

短歌一周年記念のつもりで応募しました。

短歌研究新人賞の締め切りが迫っております。

ふぇっふぇっふぇっ。
わたしは、十日前に郵送済みです。

短歌はじめてちょうど一周年記念として参加してみたかった、というと身も蓋もないですが、そんな感じです。
締め切り前まで手元に置いていると落ち着かないので「ねばったけどもうここまでやー」というところで送りました。恥ずかしいので誰にも見せてないです。

連作30首の作り方がうまくつかめなくて難儀したので、時々はこれぐらいの連作を習作でつくってみたいなあーとおもいました。


【今日のうた】

月の裏側に光を当てるごとタイムラインを遡りゆく

廣野翔一個人誌『浚渫』「泥、そして花びら」


『浚渫』、廣野さんファンのわたしは通販で買いました。廣野さんのTwitterのツイートにあるリンクから買えます。

「子宮を捨てる」連作にまとめました

昨年秋、入院前から入院中あたりに病室で詠んでいた歌をすこし差し引いてお直しして、連作にまとめてみました。よかったらお読みくださりませ。


☆☆☆☆☆☆☆


子宮を捨てる    森緑


老いた母の運転に身をあずけ病院まで聴くかすれたラジオ

病院の待合い室のチャンネルを韓国ドラマに勝手に変えるな

手術する決心を先に延ばしたく、おうどんのつゆしずしずと飲む

デフォルトで子宮を付けてくれずともわたしは困らず生きられたのに

卵巣も子宮もすっぽり投げ出してそこらの犬にくれてやりたい

最後まで生理は痛い半月後まるごと子宮を切り捨てるのに

人生で最後の生理が終わっても起立して待つ余ったタンポン

手術まであと何日と数えてる傷ひとつない全裸を映す

三日後の手術を思うまっしろなニベアで腹に描く一文字

お隣の見舞いの子らが騒がしい明日わたしは子宮を失くす

麻酔医が松本零士のアニメキャラみたいで消毒前に泣き出す

一瞬の意識の途切れは六時間「寒い」と言いつつこの世に戻る

高熱で英語しか出て来なくなり酸素マスクは外れたままで

朝五時の集中治療室でひとり「おぎゃあ」の声と歓声を聞く

腹を開け石を詰められ投げ込まれ川底にいる夢をみている

食べるにも体力が要るよく噛んで、よく噛んで、飲む すこし疲れる

十日ぶり点滴の管が抜き取られ両手で顔を洗える朝(あした)

病室の窓から毎日見てるのはジャスコのむこうにあるという海

棲むことに慣れ始めてる病室で消灯ののち雨音を聴く

「ご自愛」は優しい言葉梅干しの入った三部粥の味がする


☆☆☆☆☆☆☆

歌トーーク@伊勢歌話会

この前の伊勢歌話会で、大辻先生とふたりでお話できるタイミングがあり、「夏韻集デビューおめでとう」と声をかけてくださって、ひゃあっ、ありがとうございます!ってそうか、まだ最近のことなのに随分いろいろあった気がするなあーとちょっとびっくりしました。

そのとき大辻先生に「短歌はむずかしいですか?」って聞かれて、とっさに「たのしいでっす!!\(^o^)/(Yeah!!!)」と答えてしまったものの、これは問いと答えがねじれの関係だったなあ。。。

正確には「短歌をつくることは難しいし、それをほかの人に読み取ってもらうことは難しいし、ほかの人の短歌を読むことも深い知識と細心の注意と向き合う誠意が欠けたらできないから難しいし、短歌のイベントに遠出するのは困難で難しいし、何年も前から短歌をしてる先輩たちの歌を読んで優れていると感じるとき嫉妬しないようにするのは難しいし、それでもやっぱり短歌は楽しいでっす。\(^o^)/(Yeah!!!)」ということですね。まあ、短縮したら「たのしい」になるんですけどねー。フフッ。

あと、このブログなどでちょこちょこ書いてることについても「書評でもエッセイでも文章を書くのは続けた方がいい」と言ってもらえたので、わーい、これからはちまちま書いて更新頻度あげてこう~って思います。

そのあと、休憩の間にみんな揃ってからも歌トーーク。
うまくなればなるほど苦しくなるよ、と聞き、えーっ!うまくなったらもっともっと楽しくなると思ってたんですけど、、、(゜ロ゜; とびっくりしたり。
どんなにうまくなっても、全然苦労なくぽこぽこ途切れることなく歌が詠めるわけではない、ということを知って、絶望的な親近感というか、希望に満ちた諦念というか、そんな感覚がありちょっとほっこりしてしまいました。


いつも伊勢歌話会には新しい連作を詠んで準備するのですが、今月はあらゆる〆切がわちゃわちゃしていてミッションインポシブルだったので、先月送った未来七月号月詠を持って行きました。参加されてた方々からは「若々しい」、大辻先生からは「ドロドロとしてダーク」などの評をいただいて、ほっとしながらうれしい気持ちでした。

大辻先生に「ダーク」って言ってもらうの、最高におわかりいただいてる安心感があって、もうわたし、「森ダーク」って名乗ってもいいぐらい!!(森永ダースチョコみたいだなぁ...)


【今日のうた】

君の死後、われの死後にも青々とねこじゃらし見ゆ まだ揺れている

 大森静佳『てのひらを燃やす』

『オワーズから始まった。』を読みました(後編)

白井健康さんの『オワーズから始まった。』を読んで、特にⅡ、Ⅲ部で思うところ、考えたところがあったので、Ⅰ部とは分けて書いてみたいと思います。
(Ⅰ部については、前の記事で書きました。よろしければお読みください)

口蹄疫対策にあたるなかで詠まれたⅠ部を前半、Ⅱ、Ⅲ部を後半と、ここでは仮に呼びます。
わたしには、後半のほうが、胸にぎゅっと来る歌が多いので、本には付箋ビラビラで、ここでもたくさん引用したいです。(でもね、引用を読んだことで一冊読んだ気になってもらっちゃあー、困るのだ!)

わたしが、読んでてドキッとした歌を中心に、引用してみます。


電子手帳の(欺瞞)の声の柔らかい彼女と似てるきみを愛した

自販機のボタンをみんな押してゆくどんな女も孕ませるよう

ふたりしてコートを脱ぎ捨て沈むときうっかり鱗を落としてしまう

iPhoneを愛撫している親指とあなたの舌がいつも似ている

ゆうすげとつぶやくひとの唇のおくに一輪ゆうすげが咲く

手漉き紙をいくつも重ね深海にあなたと違う生きかたがある

空き箱の深さがちょうどいいのです何も入れずにあなたを入れる

海風に羽をひろげてわたしたち何も聞かれずただ奪われる

ルナティック、夜中に聞いた話ではおんなと肉を食う楽しさよ


ああ、大人の、成熟した相聞歌というのはこんなにどきどきするのか、と初めて知りました。ときめきます。

最近の短歌は短歌の背後にいるはずの「われ」が希薄になり、大喜利的に大多数に瞬間的にウケて面白がれたらいい、みたいなことを聞き及んでますが、わたしはそのへんのふわっとした短歌が実は苦手です。この本を読んで、わたしの好きなのは読み進めるうち人物像が立ち上がってくるこういう歌なんだ、と改めてつよく思いました。

短歌だし、生身の人間の言葉なんだけど、白井さんにとって造詣が深い現代詩の世界を泳いでやって来た言葉の佇まいのようなものがあり、何度読み返しても新鮮です。

あと、余談ながら、読んですぐ作者の白井さんに実に失礼な質問メールをしてしまったのですが(今となっては超ハズカシイ...)、とても易しい言葉で作者と作中主体の関係と読みについて解説をしてくださった上に、さらに解りやすいレジュメまで送ってくださったのでした。白井さん、ほんとにありがとうございます!

まだまだ未熟者の自分にとって、頭で解ってるつもりでも、存じ上げてるつもりの作者だと特に、作者=作中主体として読み誤ってしまうという事例に出会い、読むときの意識、心がけに一本筋を通せるようにならねばと学びました。


f:id:mxmidori:20170511222513j:plain

『オワーズから始まった。』を読みました(前編)

白井健康さんの『オワーズから始まった。』という歌集を読みました。


とても心動かされる一冊だったので、ブログにまとめよう!と思いながら、内容が一辺倒でなく多面的に濃密であるがゆえに、なかなか取りかかれずにいました。


白井さんは、獣医さんで、口蹄疫対策のため派遣され家畜の殺処分をおこなうという体験をされています。本書のⅠ部では、日頃は動物を生かすお仕事をされている方なのに、動物をたくさん、たくさん、殺していかねばならない非情なる現実が、あふれだすように詠まれています。また、タイトルにあるオワーズとは、O型口蹄疫が世界で最初に発見されたフランスのオワーズ地方のことだそうです。

 

引用してみます。


2%セラクタールを投与後に母子の果実を落としてしまう


倒れゆく背中背中の雨粒が蒸気に変わる たましいひとつ


たくさんのいのちを消毒したあとの黙禱さえも消毒される


三百頭のけもののにおいが溶けだして雨は静かに南瓜を洗う


わたしが言いたいことは「おすすめだから読んでみてほしい」の一言につきるのでした。これは間違いない!


その代り、白井さんが当時所属されていた「好日」に投稿されたエッセイを読ませていただいたのですが、わたしだけが恩恵にあずかるのはもったいないと思うので、白井さんに許可をいただいて転載することにしました。



(風韻) 

たましいひとつ     白井健康

六月二十六日から六月三十日までの五日間、宮崎県からの要請を受け、派遣獣医師として口蹄疫防疫作業にあたった。

四月二十日、都農町の繁殖牛農家で発生した口蹄疫は診断の遅れや防疫資材・人員の不足、殺処分の遅れなどから感染が周辺市町へと急速に拡大していった。

五月一日、県は自衛隊への災害派遣を要請。しかし六月十八日までの約二ヶ月間で五市六町の二百九十一戸、約十九万九千頭の牛や豚などの偶蹄類家畜に被害が拡大した。

二十五日、宮崎県庁に到着した私は、木城町都農町での口蹄疫ワクチンを接種した家畜の殺処分を指示された。

二十六・二十七日は経済連肉用牛農場の繁殖和牛六百三十頭の殺処分を派遣獣医師二十一名で行った。梅雨特有のゲリラ豪雨が降り頻るなか、白い防護服を着用しての作業は蒸し暑さのため閉口した。

二十八・二十九日は安愚楽児湯農場の繁殖和牛八百頭について派遣獣医師約二十名で行った。二十八日、木城町真夏日となり暑さのため作業は大幅に遅れたが、翌二十九日は曇り時々雨のなか、体感的にも涼しく感じられ、前日の遅れを取り戻し両日で八百頭の殺処分を終了した。

三十日は都農町藤見埋却場での殺処分作業となった。あらかじめ家畜埋却用の穴が掘られてあり、ここまで牛を運んで殺し、穴へと放り込んで埋めるのである。

次々にトラックで牛が運ばれ、同時に農家の「こころ」も運ばれてきた。それは花束であったり御札やお酒などであり、一時繋留所に飾られた。家族同様に飼育されてきた牛は、ワクチン接種に同意した時点で殺処分宣告を受けたのである。しかも彼らは未感染の健康な家畜なのである。

畜産農家のやりきれない気持ちは容易に察することができた。

やがて、私のところへ四頭の和牛が運ばれてきた。毛艶もよく、農家を出る前に念入りに全身をブラッシングしてもらったのだろう。首には手作りのお守りが架けられていた。 

それを見た私は胸が震えるのを抑えることができなかった。かわいがられていたであろうことは容易に想像された。

雨の降り頻るなか、私は左親指で左側頚静脈を圧迫し、ゆっくりと注射針を血管内に刺し入れ、勢いよく薬液を注入した。数秒の後、一気に地面に倒れこみ、数回の痙攣を繰り返し静かに息をひき取った。同様にして残り三頭も次々に静脈内に薬物を注射した。まだ温かな体温が残るからだに、水無月晦日の雨粒が水蒸気となって立ち昇っていった。

「正しかったのだ」。心のなかで反芻したが涙が止まらなかった。見上げた空が歪んで見えた。

一日の作業を終え、全員で黙祷を行い、防護服の上から隅々まで消毒液を噴霧された。黙祷までもが消毒液で消されてしまうような錯覚を覚えた。


また暑き夏の日はくる埋却地に一面のみどりたましいの色


 六月三十日、宮崎県は殺処分対象だった約二十七万六千頭の家畜の処分を終了した。

 七月一日、夢のような五日間の作業を終え、私は宮崎空港を飛び立った。私にとって忘れることのできない宮崎となった。


白井さん、貴重なエッセイをありがとうございました。

白井さんは歌人というより詩人と呼ぶのがふさわしく思えるような方です。あらゆる人に読んでほしいな、って思います。


そして、わたしとしましては、、、、大変申し上げにくい事実なのですが、、、上記のⅠ部より後半のほうが大好きなのであります!!独特の大人の詩的ワールドが広がっていて、どきどきソワソワくらくらとときめきながら一首ごと読み返し読み返ししながら味わって読み進めました。


そちらについて、明日以降、『オワーズから始まった。』を読みました(後編)としてみっちり書かせていただきまっす!!

 

白井健康『オワーズから始まった。』

https://www.amazon.co.jp/dp/4863852606/


 

はじめまして。未來2017/05月号

やっと今月号から、短歌結社未來の大辻隆弘選歌欄こと夏韻集に掲載され、とうとう夏韻集の子になった実感が日々増し増しです。

@@@@@@@@@@@@@@@@@

『未來5月号』夏韻集/森緑

忘れてた古傷えぐる生臭い夢から憎悪が目覚めていった

かぶりつくテリヤキマックバーガーのソースが垂れる これは現実

エレベータふわんと揺れて白昼夢ほんとのわたしはここにいるのか

いつも寄る古本バーにてアブサンの緑の白く濁る春の夜

除草剤を撒いてもつんと咲いている真紅の薔薇が少し怖くて

文末のハートマークがレモン色ならこんなにも心は揺れず

メタリックカラーのまわし次々にファッショニスタの力士は増える

シアトルのスタバ世界一号店の隣のパン屋のピロシキを食む

気まぐれにピアノに指を落としたらビル・エヴァンスが降りてきたんだ

@@@@@@@@@@@@@@@@@@

のびのび、自分のペースで歌を続けていきたいです。どうぞよろしくお願いしまーーーす!!

恥ずかしさ脱ぎ捨て疑惑

今まで短歌の講座や歌会や月詠に出すとき、「ヘタ!恥ずかしい!超ヘタ!穴があったら今すぐ入る!」と羞恥心と身の置き所のなさにもぞもぞしていたのですが、この前のワークショップに出したときが今までで一番自信がなくて、消え入りそうに恥ずかしい気持ちのピークでした。

おかげさまで、恥ずかしさを吹っ切れたみたいです。Yeah!!!

そして、あのワークショップの時の歌を後半つくりかえて別のところに出すことにしました。その場でさらにご意見をいただいて、そしたらもっと歌がよくなるのかな。期待!

へたとか、うまくないとか、そんなことよりも、ゆったりと、伸びやかに詠めるようになりたいなあー。


【今日のうた】

しあわせでも不幸でもない街にきて金の小人のせり出す時計

 杉崎恒夫『パン屋のパンセ』

かしらかしら、ワークショップかしら

いつまでも無職でのらくらしていると休みの大切さとかお給金のありがたみを完全に忘れそうなので、職を探しはじめました。

のらくらしてると両親からのプレッシャーが物凄いのです。気のりしない面接を1個受けるボーナスとして1回お出掛けしても良いルールを自分の中で決めたので、面接受けてから名古屋にかけつけて荻原裕幸さんのワークショップに初参加。Yeah!!!

今回のお題は耳で聴いてたのしい心地よい歌ということで、初参加でなんたる難題...。
そういえば、音の楽しさから考えてつくったことなくてどうしたらいいかもわからないままメチャクチャ自信なく提出してしまいました。
参加してるみなさんの歌にああっと驚いたり、荻原さんのお話も楽しくてなんたるしあわせ~と思いました。(そして、荻原さんのお話される声がとても心地よくて、「もしや荻原さんに朗読してもらうことで耳に心地よい歌という難題はクリアされるのでは?」という真理??に気づいてしまったのでした...)


【今日のうた】

辻くんと来てるんだよと誘はれるその辻くんの春を見にゆく

 荻原裕幸「誰かが平和園で待ってる」(『短歌研究4月号』)

ありがたいことですが

ありがたいことですが、秋ごろから、角川『短歌』の特選、秀逸、佳作、『短歌研究』の準特選、『NHK短歌』の佳作、それから中日歌壇(両親にはこれしか見せないので新聞に載ると待遇が少しよくなる)に載せてもらうことが続いてました。

でも、わたしのつくりたいのと違う気がして...。

今、選んでもらって載せてもらってるのは、まだ生焼けの魚料理で、新鮮な刺身の良さもなければ、ちゃんと加熱もされてない生臭さの残る、味付けも整ってない気がして、紙面に載り人前に出たとき、まだもっと美味しくできたはずでは...と悩んでしまう。

もしかしたら、良い歌をたくさん読むようになって、目が(耳が?短歌脳が?)肥えてきたのでしょうか。

今日も一冊、新しい歌集を手にしました。
『新しい猫背の星』尼崎武
身を切り刻むように自分のことばかり歌にしているわたしからは、羨望のとおいとおい先にある言葉たち。軽やかで優しくて。

ああ、そうか、わたしが理想の歌を詠めないのは、中身がわたしのままだからなんだな。
(-_-;)


【今日のうた】

みずかけろん(とにかく水をかけまくるおばけ)に水をかけられている

 尼崎武『新しい猫背の星』

今朝起きたら脳が、、、

朝、目が覚めて、いつものように横になったままむにゃらむにゃら~と一首詠む(スマホのメモアプリに)。

あれ、ちょ、待って。
なんか知らんけど旧かなになってますやん。
無意識に、、、脳内の短歌設定が、、、
( ; ゜Д゜)

前にもこんなことあった。
手術して麻酔切れた後、熱が上がったとき、脳内言語が英語に切り替わっててすべての苦痛は英語で出てくるし日本語はカタコトの変な感じになるからナースコールも押せなかったのだった。。。


でも、今回のこれ、素敵~~~☆

旧かなだとこの前から意識してた「ぎゅうぎゅうにしない、ゆったり詠む」もすんなりできてる(気がする)し、言いたいことが刺々しくならずに詠める(気がする)。

でもつくりかけの連作30首は新かな。(・・;)

落ち着いたら旧かなも新かなも自在に使えたりするのかなあー。フフッ。

少しずつだけど、自分が詠みたい方向へ向かってるから、生きてるうちは精進したいな。

わたしの場合は短歌結社(未來短歌会・大辻隆弘選歌欄夏韻集)に入ってよかったと思う。

独りでは知ることができなかったことも多いし、月に一度歌会に行って夏韻集の先輩はもちろん年齢も所属結社も違う先輩方の歌を読ませてもらうことや、大辻先生から直に短歌のエッセンスを闘魂注入してもらうことも貴重な経験だと思う。

毎月、おなじ選者(わたしの場合は大辻先生)に読んでもらえる信頼感、安心感があるから、いろんな方法を試せるのだと思う。文語文法の本を確かめ確かめしながら、来月送る月詠は旧かなで行こうと試行錯誤してます。

タンカツ、やっぱりたのしい!!


【今日のうた】

髪五尺ときなば水にやはらかき少女ごころは秘めて放たじ

 与謝野晶子『みだれ髪』

短歌がテーマの読書会に行ってきました

名古屋に居た三年前まで近所で夜中まで通ってた延長で、いまだに月に一回くらいお邪魔し、お酒も飲めないのに終電までふにゃふにゃだららとおしゃべりする古本バーのcesta さん(cesta.jp)では、定期的にテーマを決めた読書会が開かれているのですが、今回はテーマが「短歌」でした。

今年に入ったころ「お客さんのなかで短歌に興味がある、短歌の読書会があればという声がある」と聞いて、まあ、わたしは「わーい、それやりたーい」とか大喜びしながら、特に何をしたというわけでもなかったのですが、八人の募集定員ちゃんと集まって始まりました。お店でよく読書会に参加されるメンバーの中で「短歌」というテーマにびびっときた人が参加されてる感じでした。

各自、おすすめの本を紹介していくのですが、普段、短歌する人と短歌の話をすることが多いなかで、短歌しない短歌読者と短歌の話をするというのは何やら新鮮で、ちょっと前ならわたしもそっち側にいたのに気づいたら短歌する人になってるの不っ思議ぃ~みたいな気分でした。

短歌をしないけど好きな作家がどこそこで書いていたのを読んでそれがきっかけでこの歌人が気になり読んでみて好きになった、とか聞くと、どこで短歌が待ち受けておるかわからんよ、ぬふふ、と思ったり。

この前まで書店員...というか地獄本屋の鬼店員だった立場からすると、都会のちゃんとした本屋は別として地方のジャスコに入ってるような程度の本屋には、手に取れる歌集は少なすぎる、元の職場には棚に詩歌の本が一冊も無かった。それでも短歌にたどり着く人を短歌の先輩はみんな温かく手をさしのべて迎えてくれる。だけど、もうちょっと手軽なところから短歌が読めるよ、というのを伝えたくてネットプリントをいくつか持って行ったらとても興味深く見てもらえたようだった。わたしも短歌を始めて半年ぐらいしてTwitterに流れてくるネプリの意味と出し方がわかった時は、読みごたえとお得感にびっくりしたし、ときめいたなあー。

蓋をあけてみれば、百人一首から若山牧水から蒼井杏さんから大辻隆弘さんまで各自持ってきて紹介した本がうまい具合にバラバラで、それも面白かった。参加者募集前にマスターと打合せした時点で、「実作しない短歌読者が選びがちなのではないか(選書がかぶる可能性)」と想定した穂村弘さんと鳥居さんはまったく一言も出なかったのも意外な気がした。


【今日のうた】

真水から引き上げる手がしっかりと私を掴みまた離すのだ

 笹井宏之『ひとさらい』

角川短歌3月号の加藤治郎選・青春短歌三十首から。